森鴎外の「佐橋甚五郎」の相関関係について3


3  小説の場面に適用する

3.1 鷺を打つ

 とある広い沼のはるか向うに、鷺が一羽おりていた。銀色に光る水が一筋うねっている側の黒ずんだ土の上に、鷺は綿を一つまみ投げたように見えている。A1B2
 ふと小姓の一人が、あれが撃てるだろうかと言い出したが、衆議は所詮打てぬということにきまった。A1B1
 甚五郎は最初黙って聞いていたが、皆が撃てぬと言い切ったあとで、独り言のように「なに撃てぬにも限らぬ」とつぶやいた。A2B2
 それを蜂谷という小姓が聞き咎めて、「おぬし一人がそう思うなら、撃ってみるがよい」と言った。A1B2
 「随分撃ってみてもよいが、何か賭けるか」と甚五郎が言うと、蜂谷が「今ここに持っている物をなんでも賭きょう」と言った。A2B2
 「よし、そんなら撃ってみる」と言って、甚五郎は信康の前に出て許しを請うた。A2B2
 信康は興ある事と思って、足軽に持たせていた鉄砲を取り寄せて甚五郎に渡した。A1B2
 「あたるもあたらぬも運じゃ。はずれたら笑うまいぞ」甚五郎はこう言っておいて、少しもためらわずに撃ち放した。A2B1
 上下こぞって息をつめて見ていた鷺は、羽を広げて飛び立ちそうに見えたが、そのまま黒ずんだ土の上に、綿一つまみほどの白い形をして残った。A1B1
 信康を始めとして、一同覚えず声をあげてほめた。田舟を借りて鷺を取りに行く足軽をあとに残して、一同は館へ帰った。A1B1

花村嘉英(2018)「森鴎外の『佐橋甚五郎』の相関関係について」より


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