ことばの呼応とその機能を比較する-英語、ドイツ語、日本語、中国語を中心に6


4 HPSGの束縛理論

 ここでは指示に関する名詞が分析の対象になる。指示の名詞とは、例えば、代名詞(she)、照応表現(herselfまたはeach other)そして固有名詞(May)や普通名詞(the girl)のことである。代名詞には言語レベルと言語外の世界をつなぐ役割があり、文を跨いである人やものを指示することができる。照応表現の場合は、同一文の中で同一の人やものを指示する。そして固有名詞や普通名詞は、特定の状況で人やものを指す表現になる。
 周知のように、チョムスキーは、GB理論の中で指示と照応の問題について階層的な統率(Government)の関係と束縛(Binding)の理論を立てている。
 チョムスキーの束縛理論は、照応表現が同一文内で束縛されることを要求するが、代名詞については同一文内で束縛されることはない。例えば、YがZを束縛する条件は、(35)の①と②を満たす場合である。また、C統御は階層の概念であり、YがZをC統御する条件とは、(36)のように定義される。

(35) ① YとZが同一指標となり、② YがZをC統御する。
(36) ① ZがYを含む最大投射(XP)の中に含まれて、② ZがYに含まれない。

 YがZを束縛するという束縛の階層は、(37)のようになる。

(37)  
     XP
    △
   Yi   △
       …Zi…  
              
 チョムスキーのGB理論が階層的な束縛理論であるのに対して、HPSGは、GB理論の問題点を解決できるように、非階層的な束縛理論になっている。例えば、c統御は、斜格性の統御(Obliqueness command)と呼ばれる別の文法関係に代わっている。これは通常の樹形図ではなく、文法機能を相対的に示すボックスが使用されている。(花村 2005)
 例として空のNPを考えてみよう。チョムスキーは、これをPRO、pro、NP痕跡、変項という4種類に分けている。しかし、GB理論による受動態(passive)の分析で出るNP痕跡は、HPSGには見当たらない。HPSGでは受動態の主語が目的語の位置から表示レベルに移動することがないためである。PROは、promise(主語の制御)やpersuade(目的語の制御)のような等価の動詞(equi)が制御する補部の主語の下位範疇の要素である。
 
(38) You promise me to go to the meeting. (You promise me that you will go to the meeting.)
(39) You persuaded Maria to go to the meeting. (You persuaded Maria that she should go to the meeting.)

 HPSGによる空のNPの分析例として中国語の空の目的語を見てみよう。HPSGでは、中国語の空の目的語は、変項または痕跡であると推定されている。現実に痕跡であるとすれば、主語の条件に従うことになる。しかし、そうではない。こうした空の要素が痕跡ではなくて非代名詞ならば、(40)にあるeiの位置に収まるはずである。

(40) [这本书]i 我认为读过ei的人不多。 (I think the people that have read this book are few.)

 HPSGの束縛理論を見てみよう。ポイントは、局部の斜格性統御である。斜格とは名詞の主格以外のものを指す。つまり、英語の場合、主語は、主格をとり斜格が来ると文法上非文になる。

(41) *Alan1 likes him1.
(42) Alan1 likes himself1.
(43) *Himself1 has [AGR1] run.

 しかし、文学作品やCMなどには斜格の主語が見られることもあり、主格以外の斜格を主語とする現象も認めたほうが運用論に沿っているといえる。HPSGではこうした点を考慮して、束縛理論を次のように定義している。(Pollard/Sag 1994, 254)
 
(44) HPSGの束縛理論
① 局部の斜格性統御の照応は、局部で斜格性の束縛になる。
② 人称代名詞は、局部で斜格性が任意となる。
③ 非代名詞は、斜格性が任意となる。

 (44)の①と②は、非階層的な関係を作り、③のみが樹形図の概念となる。

花村嘉英(2018)「ことばの呼応とその機能を比較する-英語、ドイツ語、日本語、中国語を中心に」より


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