5 中国語の照応を考える
チョムスキーは、照応束縛の理論の中で、照応がLF(logical form)レベルでInfl(inflection)のAGR(agreement)へ移動すると説明した。LFとはPF(phonetic form)と共に統語論を支える部門のことである。そこではAGRが主語と一致するために、すべての照応が主語に束縛されることを予告している。(45)は、AGRへの移動についての説明である(Pollard/Sag 1994, 272)。
(45) They told us that pictures of each other would be on sale.
(45)の意味をはっきりさせるには、each otherの束縛詞をusではなくて、theyとしたほうがよい。しかし、usが再帰代名詞の先行詞となる読みもある。その場合には、主文の目的語が優先的に先行詞となる。
(46) a Lora told her two daughters that each other’s pictures were prettier.
b The matchmakers told Wang Xiansheng and Li Xiaojie that each other’s parents were richer than they really were.
英語の場合は、どのようにして照応が目的語によって束縛されて、C統御されないNPと同一指標が付与されるのか。また、どのようにして談話の先行詞を選択するのかについて議論されてきた。そして、AGR移動に基づいた等距離依存の照応束縛は、支持されないことになった。この種の説明は、中国語や日本語などに見られる等距離依存の照応を処理するために提唱され、これにはC統御される主語の先行詞のみが可能であると主張されてきた。しかし、派生の段階で先行詞が主語として妥当な分析を持たない場合には、ある種の自分束縛が構造上の条件ではなくて、談話によって支配されると説明されている。
(47) 自分の娘の結婚が中野さんの出世を促した。
構造と談話という2つの異なるメカニズムを想定する自分束縛の混合理論は、説明力が弱いため、可能性のある先行詞についての制約を適切に述べることができない。
自分束縛に関する融合案は、直示の観点をコード化するテキスト間の指標により提供される。例えば、先行詞には、指示対象が個体となるNPを当てる。そして、文や事例を含むNPが直示の視点を表示できるように調節すると、場所を表す表現の解釈にも役に立つ。再帰代名詞が二度現われる場合には、通常一つの句の中で同一指示にならなければならない。
(48) 百合子は[兄が自分①を自分②の友達の嫌がらせから守りきれなかった]ことを知っている。
つまり、(28)の自分①と自分②は同一指示として百合子を指示することになる。しかし、文脈によっては自分①が百合子で自分②は兄となるケースも考えられる。そこで挿入された「の」の修飾句の視点が変わる場合には、上述の制約は適用されないとする。
(49) 百合子は[自分①がそのときすでに[浩司が自分②をかばっているの]を知っていた]とは認めたがらなかった。
(49)の場合、自分①は百合子を指示するが、自分②は百合子でも浩司でも指示対象として成立する。
中国語の場合は、以下の場合に、照応束縛のAGRへの移動がうまく説明できない(Pollard/Sag 1994, 274)。
(50) 陈先生的骄傲害了自己。
(51) 我骂他对自己没有好处。
(52) 陈先生的爸爸的钱被自己的朋友偷走了。
ここでC統御される主語が有生にならない場合に、先行詞が有生の主語(または所有者)に移動することがある。この説明は、優先権に限って反映されるようで、談話の中の運用論の要因により無効になることがある。
(53) 陈先生的爸爸的钱被自己的朋友偷走了。妈妈的书也被自己的朋友偷走了。
ここで自分は陈先生も先行詞として取ることができる。しかし、次の例では、自分が陈先生とのみ同一指示になる。
(54) 陈先生的爸爸的钱和妈妈的书都被自己朋友偷走了。
但し、これは、談話表示という視点から見た場合の説明である。
花村嘉英(2018)「ことばの呼応とその機能を比較する-英語、ドイツ語、日本語、中国語を中心に」より